可視近赤外帯における光子数識別器の開発
可視・近赤外帯における光子数識別器の開発
現在、光を用いた量子情報通信・処理の検証実験には、可視や近赤外の波長帯が用いられています。この理由の1つに、市販されているレーザーや検出器 がこの波長帯において高性能なことがあげられます。また一方で、通信波長帯の光を可視・近赤外帯に高効率で波長変換する技術が可能になってきています。こ のような背景から、可視・近赤外帯で動作する光子数識別器を開発することは非常に重要となっています。
私たちはこの波長帯において、多くの研究グループに普及するような光子数識別器の実現を目指しています。これにはどのような性能が必要と なるのでしょうか。近年、光を用いた量子情報技術の検証実験は、年々複雑なものになってきています。例えば使用する光学素子の個数は数百を超え、光学実験 を行うテーブルのサイズも数メートル四方のものになっています。このような実験系には、小型であり使用方法や光学調整が簡単な検出器が望まれています。残 念ながら、現在までに開発された光子数識別機は、その理由は様々ですが、極低温(−270℃付近、または、それ以下)で動作させなければなりません。した がって、冷却装置の都合上の理由で小型化は難しく、検出器を使うための準備も大変です。このような観点から、私たちは液体窒素温度(約−200℃)、また は、電子冷却装置で動作可能な光子数識別器の開発を行っています。
検出システムを低温に冷却しなければならない理由はシステムにより異なりますが、私たちは読出回路のノイズ低減のためにシステムを冷却しています。私たち が提案している光子数識別器を図1に示します。概要は以下のとおりです。半導体受光素子(ここではSilicon Avalanche photodiode, Si APD)に入射した光は、そのエネルギーに比例した電子数に変換されます。この発生した電子数を増幅回路で増幅して読み出すことで、入射した光子数を推定 します。ここで重要となるのは、光のエネルギーが電子数に効率よく変換されることと、発生した電子数を正確に読出すことの2点です。前者に関しては、使用 する半導体材料や光損失を極力小さくする技術などで、ほぼ性能は決まっています。一方、後者に関しては、いかに信号読出し時のノイズを減らすか、といった ことが非常に重要となってきます。現在、私たちは液体窒素温度下において、読出しノイズが4.3 electronである超低雑音読出回路の開発に成功しています(図2参照)。低ノイズ化のためには、冷却部分の全素子の容量(capacitance) を可能な限り小さくすることが必要になります。これは、ノイズ源として支配的な、分極ノイズ(誘電分極の熱的ゆらぎ)を抑えるためです。上述のノイズを測 定した回路における冷却部分の全容量は1pF程度を実現しています(図3参照)。さらに私たちの試算では3 electron程度までノイズを低減することが可能であると考えています。
私たちの開発した読出回路により光子数識別を可能にするには、さらに、発生した電子数が受光素子によって増幅され、読出しノイズを上回る必要があります。APDは「なだれ現象」により、発生した光電子を平均100倍以上に増幅することができます。その代償として、入射光子数と発生した電子数に比例関係はなく、光子数を推定することは不可能と考えられてきました。しかしながら最近の私たちの研究により、10倍程度の低増倍率の場合に限り、入射光子数と発生した電子数が比例することを初めて確認しました。その結果を図4に示します。ここでは、APDにより光電変換された平均電子数が1, 3, 7, 10だったときの読出回路からの出力を示しています。また、APDの増倍率は10.8、読出ノイズ7 electronの回路で測定を行っています。この成果により、私たちが目指している光子数識別器の実現へのめどがつきました。
しかし、課題は残っています。回路のノイズ対策で説明したように、全体の容量を小さくしなければなりません。しかしながら、図4の結果を得たAPDの容量は約1pFであり、読出回路の容量とほぼ同じ大きさです。このままでは、高いS/N比で光子数識別を行うことはできません。容量が小さく、入出力に比例関係があり、そして、増倍率が大きいAPDが必要です。これにはAPDの作成プロセスにまで踏み込んだ研究開発が必要であり、そのために必要な調査・解析を現在行っています。
主担当者: 秋葉 誠、辻野 賢治
主担当者: 秋葉 誠、辻野 賢治